大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和40年(オ)749号 判決 1965年12月10日

上告人

日光汽船株式会社

右代表取締役

御田常吉

右訴訟代理人

渡辺里樹

被上告人

新栄商事株式会社

右代表取締役

金丸和弘

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人渡辺里樹の上告理由第一点および第二点について。

原判決は、被控訴会社(上告人)代表者御田常吉が、昭和三六年七月頃、訴外松浦船渠株式会社代表者松浦良博から、右松浦船渠が多額の債務を負つて経営に行きづまつているので、被控訴株式会社振出の手形を債権者に示して債務支払の猶予をうるために約束手形を振り出されたい旨依頼され、被控訴会社において一切手形上の責任を負わない約束のもとにこれを承諾し、甲第一号証の一ないし四の各約束手形用紙の振出人欄および右各用紙に貼られた金額五〇円の収入印紙に被控訴会社代表者の印を自ら押印し、金額、満期、支払地、支払場所、振出地、振出日、受取人の各欄を白地としてこれを前記松浦に交付した旨の事実を認定したものであつて、右事実認定は、原判決挙示の証拠により肯認できる。訴外松浦船渠株式会社において、右手形用紙を被控訴会社振出手形としてその債権者に対する見せ手形に使用するためには、被控訴会社代表者の署名が完備し、その他の手形要件も金額、満期など主要な事項が記入済みでなければその役に立たないから、右の事実関係の下においては、特段の事情がない限り、被控訴会社代表者御田常吉において、右手形用紙に自己の名称を記入することやその他の手形要件の記入を右訴外人に委託したものと推認することができる。原判決は、被控訴会社と松浦船渠間において、被控訴会社の承諾をえた上で前記手形用紙の未補充部分の補充をなすべき約束があつた旨を供述する各証人および被控訴会社代表者本人の証言を措信しない旨判示するが、原審の右証拠の取捨を違法とすべき廉が見受けられない。右のような特段の約定もなく前記手形の授受が行われたとすれば、原審がその挙示の証拠により、被控訴会社代表者御田常吉が松浦船渠に対し右手形用紙に右御田の名称を記入する権限および他の手形要件の白地補充権を附与した旨認定した(金額については、御田が手形用紙添付の五〇円の収入印紙に押印した事実により、五〇万円の限度内において補充すべき旨の白地補充権の制限が附せられたと認定している。)ことをもつて、所論のように理由不備、理由齟齬の違法があるとはいえない。所論の指摘する乙第一号証も右認定の妨げとなるものではない。なお、原判決は、被控訴会社代表者御田常吉は松浦船渠に対し、御田の署名の代理権を付与した旨判示するが、手形の署名自体は事実行為であつて意思表示ではないから、これにつき代理はありえないのみならず、原判決は、右御田常吉が自ら手形振出をなしたことを前提とし、未記載の手形要件の補充権を松浦船渠に付与した旨判示しているところに徴すれば、原判決の趣旨は、御田は松浦船渠に対し、単に御田の氏名の記入行為をする権限を附与した旨を判示したものであつて、手形振出の代理権を附与したものと判示したものではないと解すべきである。而して、松浦船渠は、前記のように本件手形の振出人の署名欄に押捺された被控訴会社代表者印の上に日光汽船株式会社代表取締役御田常吉と記入したことは原判決の確定するところであるから、これにより右御田の本件手形振出人としての署名は完成したものというべきである。その他の手形要件についても、原判決は、松浦船渠および控訴人(被上告人)において前記のように附与を受けた白地補充権を行使して白地部分の記入をなしたことを確定しているから、手形振出人の押印のみで手形振出の効力を認めたとして原判決を非難する所論はその前提を欠く。論旨はいずれも採用できない。

同第三点について。<省略>

(奥野健一 山田作之助 草鹿浅之介 城戸芳彦 石田和外)

上告理由<省略>

【参考】広島高裁昭和三八年(ネ)七五号約束手形金請求事件、昭和四〇年四月一二日判決

<判決理由>(本件上告判決の原判決)「弁論の全趣旨により控訴人がその主張の本件各約束手形(甲第一号証の一ないし四)を所持している事実が認められる。被控訴人は右各手形の振出を否認するので、この点につき判断する。

<証拠>によるとつぎの事実を認めることができる。

被控訴会社代表者御田常吉は、昭和三六年七月頃、訴外松浦船渠株式会社代表者松浦良博から、同会社の従業員で、かつて被控訴会社の設立等に尽力した訴外小田井義夫の口添えで、右松浦船渠が多額の債務を負つて経営が行きづまつているので、被控訴会社振出の手形を債権者に示して債務支払の猶予をうるために約束手形の振出を依頼されたところ、被控訴人において一切手形上の責任を負わない約束のもとにこれを承諾し、甲第一号証の一ないし四の各約束手形用紙の振出人欄及び右各用紙に貼られた金額五〇円の収入印紙に被控訴会社代表者の印を自ら押印し、金額、支払期日、支払地、支払場所、振出地、振出日、受取人の各欄を白地とし振出人たる被控訴会社の代表者の署名の代理権を右訴外会社に付与して、前記松浦に交付し、同人はその頃前記小田井をして、振出日欄を除く白地欄にそれぞれ金額五〇万円、支払地振出地名安芸郡蒲刈町、支払場所株式会社呉相互銀行蒲刈支店、受取人松浦船渠、満期昭和三六年一〇月三一日、同年一一月五日、同月一〇日(甲第一号証の一、二、三、)並びに金額五〇万円、満期同年一一月一〇日、支払地呉市、支払場所株式会社広島相互銀行広支店、振出地安芸郡蒲刈、受取人松浦船渠(甲第一号証の四)の記載をなし、且つ振出人たる被控訴会社の代表者の署名をなさしめた上、同年九月一日頃控訴会社に対する鋼材買掛代金の一部の支払のため被控訴会社に右各約束手形を裏書譲渡したものであり、控訴会社代表者は、本件各手形が松浦船渠の依頼にもとづいて前示経緯のもとに被控訴会社が交付したものであることを知らないでこれが交付をうけたものである。

右のとおり認めることができ、右事実によれば、被控訴会社代表者はいわゆる見せ手形として本件各約束手形の振出人欄に押印したものであつて、右押印が手形振出の意思を欠くものとはいえないし、また本件各約束手形が右のとおり見せ手形であつて被控訴人において手形上の責任を負わない約束であつたこと及び金額五〇円の収入印紙に押印した事実から考えて、右押印当時未完成であつた手形要件の決定は前示収入印紙額に相応する金額五〇万円の限度内においてすべて松浦船渠に一任してこれが補充権を付与したものと認めるのが相当である。前掲各証言及び被控訴人代表者本人尋問の結果の一部に、被控訴会社、松浦船渠間には、松浦船渠は被控訴会社の承諾をえた上で右未完成の部分を補充すべき約束があつた旨の供述があるが、右各供述は信用しがたい。そこで、控訴会社が昭和三八年三月七日第一審口頭弁論期日に本件各約束手形の振出日を昭和三六年九月一日と補充したことは当事者間に争いがなく、右によつて本件各手形は完成をみるにいたつたものということができ、以上認定したところによれば、振出人たる被控訴会社代表者の署名は権限ある代理人によるものとして有効であり、また松浦船渠及び控訴会社のなした各補充は被控訴会社が松浦船渠に付与した補充権の範囲を超えないものというべきであり、本件各約束手形は本件訴訟手続中に昭和三八年三月七日完成したものであるから、被控訴人は右により手形振出人として本件各手形金の支払義務を負担し、かつ右支払義務の履行遅滞の責を負うにいたつたものというべきである。被控訴人は、本件各約束手形に表示された振出人の住所が被控訴会社の本店所在地と異なり、また支払場所が被控訴会社と取引のない銀行であるから本件各手形は不適法であると主張するが、成立に争いのない乙第二号証と当審における被控訴人代表者本人尋問の結果によれば、本件各手形の振出人の住所は被控訴会社の支店所在地を表示したものと認められ、また右支払場所の表示が被控訴人主張のとおり被控訴会社と取引のない銀行であつたとしても手形振出行為の成否に消長をきたすいわれはなく、被控訴人主張の右各手形上の記載のあることをもつてしても被控訴会社において前示のとおり本件各約束手形を振出したとの認定を左右するにもたらない。

以上によれば、控訴人の被控訴人に対する控訴人主張の本件各約束手形にもとづく手形金計二〇〇万円とこれに対する履行遅滞後である昭和三八年三月八日から右支払済にいたるまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める第一次の請求は理由があり、控訴人の右請求を棄却した原判決は失当である。」

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